ソクラテスの問答法とオードリー・タン

スポンサーリンク
未分類
follow us in feedly
オードリー・タン(Audrey Tang 唐鳳)

台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
・1981年台湾台北市生まれ。幼い頃からコンピュータに興味を示し、12歳でPerlを学び始める。
・15歳で中学校を中退、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。
・19歳のとき、シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。
・2005年、プログラミング言語「Perl6(現Raku)」開発への貢献で世界から注目。
同年、トランスジェンダーであることを公表し、女性への性別移行を開始する(現在は「無性別」)。
・2014年、米アップルでデジタル顧問に就任、Siriなど高レベルの人工知能プロジェクトに加わる。
・2016年10月より、蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。
・2019年、アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』のグローバル思想家100人に選出。
・2020年新型コロナウイルス禍においてマスク在庫管理システムを構築、台湾での感染拡大防止に大きな貢献を果たす。『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』出版社の著者プロフィールより抜粋

日本からこのような人材は生まれないのだろうか……。読後とても考えました。

『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』より

父とから学んだクリティカルシンキング 対話:哲学との親和性

ご両親は『中国時報』という台湾の新聞社にご勤務でした。知的、かつ進歩的なところがあったと。読書家のお父様の書斎には様々な種類の書籍があり、それを自由によむことができとがめられることはなかったそうです。またお父様は幼いころから「ソクラテス式問答法」を応用し、オードーリーさんと「対話」をなさっていたと。幼いオードリーさんの意見は否定されることなく何かの概念を植え付けることもなかったそうです。「子ども扱いせず」、同じ目線でしっかり向きあってきた様子が行間から想像できました

今更ですが刺激をうけ、哲学について読んでみました

母から学んだクリエイティブシンキング

「私の考え」がたとえ個人的なものであっても、その内容を言語で明確に説明することが出来れば、同じ人間に必ず巡り合うことが出来るということ。

つまり両親のポリシーは

「こどもの探求心を抑えつけてはいけない」

「標準的な答え」を与えない

標準的な答えとは
ある前提があり、その前提を満たして初めて答えが有効であるとする。
しかし、時代や環境の変化、置かれている立場など=前提が違ってくると、その「標準的な答え」が有効にならなくなってくる。この新しい前提条件にすることでおのずと「標準」も変わってくるということ。

生まれつきの病。自分と向き合って開いた道

生まれつき心臓の病気を持っていたオードリーさん。体が弱く学校という集団生活に馴染むことが出来なった。結果、3つの幼稚園、6つの小学校に通ったそうです。中学は1年だけ通い、14歳で退学。このあと、家を離れ烏来へ。静かな街烏来でこれからどうするか、一人で考えたそうです。ここ烏来でオードリーさんはインターネットを利用し、自らの興味に従って研究を始められました。

親としての葛藤はあったと思う

幼稚園、保育園に馴染めないお子さんは、結構います。体が弱い、早生まれさんで体が小さい、コミュニケーションがとるのが苦手……と、大人が会社に馴染めないのと全く変わらないのです。大人は自らの意志で転職できますが、子どもはそうはいきません。大人が環境を変えてあげるしかないのです。簡単に変えるといってもその手配は親がすること。オードリーさんの親御さんは少なくともここにあるように幼稚園3回。小学校6回変わっているわけです。その時々のオードリーさんの成長に合わせ、ベストな環境を選んできた。とはいえ、相当のご苦労がったと思います。けれどもポリシーに反することなく、「標準」を問うてきた結果だったともいます。もっとも幼少期からソクラテスの問答法でコミュニケーションを取ってきたからできたことだと私は思います

あなたならどうしますか? 子どもが学校に行きたくなと言ったら

「学校に行きたくない」は、どの教育課程にもあります。小学校から大学まで。幸いなことに、我が子たちはいじめられたり、学校が嫌だといったことは一度もありませんでした。家でわたしにぐちぐち言われるよりも、さっさと学校に行き、お友達と過ごす方が楽しかったそうです。大学生ともなると、体育会でしたのでほとんど家にはいませんでした(;’∀’)。恵まれていました。小学校のお友達の中には、いじめられていた子、いました。クラス替えでなんとか持ちこたえて卒業しました。

中高・私立一貫校では、いじめがあっても、せっかく入ったから、高校受験をもう一度しても、必ず受かる保証はどこにもない、などと、変えるタイミングが難しくなります。また思春期にはいると、本音が見えにくくなったりもします。したがってお子さんも親御さんも非常に苦しいみます。

決して安易に転校を進めているわけではないですし、秒またずとも転校したほうがいい事もあると思います。けれども学校に行かないという選択は迷うことなく決断する、してもいいとわたしも思います。いずれにしても日々、お子さんと正面から向き合い、対話することが基本だとこの本を読み痛感しました。

オードリー・タンの生い立ちを尋ねる

オードリーさんのお母さまは、その子育てでの苦闘を本にしいらっしゃいます。Amazonでも、台湾のサイトでも絶版。メルカリ台湾版があったらヒットしそうですが、こちら日本。kindle版でもいいのでどこかのサイトに無いかと必死でさがすも見つからず、諦めていました。しかし、私がその本を探しているとオードリーファン(笑)の友人に伝えたところ、彼女の知人で台湾出身のかたから電子書籍サイトを聞き出してもらいました。それが☟

わたしは台湾語まったくわかりません。Google先生に聞きながら読み始めています。お母さまにお会いし、その知性と大きな愛をわたしは肌で感じたい

 

コメント